理系脳

Life is beautiful: 愛すべき理科系人間たち

3人のアメリカ人がイギリスに来て列車に乗っている。列車がハーズレーという農村地帯に差し掛かると、窓の外に一匹の黒い羊が見えた。
 それを見て、ビジネスマンが言う。「驚いたなあ。イギリスの羊は黒いんだ。」
 するとエンジニアが言う。「それは少し断定的すぎるよ。『イギリスには黒い羊もいる』というのが正しい表現だよ。」
 すると数学者が言う。「正確な表現というなら、『イギリスのハーズレー地方には、少なくとも一匹の、少なくとも右側半分が黒い羊がいる』と言うべきだよ。」
 こんなジョークを面白いと思うのは、私のような理科系人間だけかも知れないが、このジョークには理科系人間の「愛らしさ」が的確に表現されていると思う。

 私の妻も含めて、文科系の人間と話していると、平気でこの手の「イギリスの羊は黒い」みたいな断定をしてくるので、ハラハラしてしまう。彼らがずるいのは、その後「白い羊」を見たとしても、ケロッとして「あ、白い羊もいたんだ」と言えてしまう点である。理科系の私は、一旦「イギリスの羊は黒い」と言ってしまうとすごく責任を感じてしまい、後で「白い羊」を見たりすると内面的にキズついてしまうのだ。それが嫌で、理科系の私はついついこのジョークにあるような発言をしてしまうのだが、すると文科系人間の代表である妻に「何難しいこと言ってんのよ」と言う冷たい目で見られてしまうから少し悲しい。

ジョークは面白いのだけど。その後の感想に同意。なんか他人の話が矛盾していること(自分自身についてもだけど)に敏感なところがある。
理系の仕事をしていると、書類(その文章の使い道)によって断定のレベルと変えて行くと言うのが大事だと思う。下手に緻密に書くと。「なに回りくどいくと言っているの?」という話になる。